【ネットで話題】「とらや」の挨拶文が感動的!

  • 2015/10/8
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ようかんと言えば「とらや」
気合の入れたい贈り物、心を込めたい贈り物に最適のおみやげものですね。

創業はなんと室町時代後期。京都の地で創業し、皇室御用達でもあります。
明治維新後、東京に本拠を移し、戦後の積極出店でブランドを確立、現在は全国に80店舗を展開し、パリにも出店しています。

そんな「とらや」ですが、本社ビルの立替に伴い、10/7に赤坂の本店が一時休業となりました。
休業にともなう17代目当主のご挨拶がとても感動的で、「商人の鑑(かがみ)」「顧客と丁寧に向き合わないと書けない文章」など、ネットで話題になっていますのでご紹介したいと思います。

 

十七代 黒川光博より 赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ

赤坂本店、および虎屋菓寮 赤坂本店は、10月7日をもって休業いたします。
室町時代後期に京都で創業し、御所御用を勤めてきた虎屋は、明 治2年(1869)、東京という全く新しい土地で仕事を始める決断をしました。赤坂の地に初めて店を構えたのは明治12年(1879)。明治28年 (1895)には現在東京工場がある地に移り、製造所と店舗を設けました。

昭和7年(1932)に青山通りで新築した店舗は城郭を 思わせるデザインでしたが、昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のため、斜向かいにあたる現在地へ移転いたしました。「行灯 (あんどん)」をビルのモチーフとし、それを灯すように建物全体をライトアップしていた時期もありました。周囲にはまだ高いビルが少なかった時代で、当時 大学生だった私は、赤坂の地にぽっと現れた大きな灯りに心をはずませたことを思い出します。

この店でお客様をお迎えした51年のあいだ、多くの素晴らしい出逢いに恵まれました。
三日にあげずご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。
毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。
車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。
このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています。

3年後にできる新しいビルは、ゆっくりお過ごしになる方、お急ぎの方、外国の方などあらゆるお客様にとって、さらにお使い頂きやすいものとなるよう考えています。
新たな店でもたくさんの方々との出逢いを楽しみにしつつ、これまでのご愛顧に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

虎屋17代
代表取締役社長 黒川光博

引用出典:とらや公式HPより

 

とても感動的な文章ですね。

「商人の鑑(かがみ)」とネットで話題ですが、同社のパンフレットをみますと、上記のような対お客様に見せるやさしく謙虚な姿勢とはうらはらに、商品へのこだわりや事業への情熱などの熱い想いも感じます。

「誰も気づかなくとも、 細部まで」「常に 「本気」 で考える」「「変えては いけな いもの」 などな い」「強いチームとなる」などなど熱い言葉が並んでいます。

すべては「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく。」ためだとか。

とらやパンフレットより

このパンフレットはカッコがいいし、商品へのこだわりもみれるので、おススメです。

 

「お・も・て・な・し」で世界中に注目された東京五輪も、新国立騒動やエンブレムパクリ問題などで「や・り・な・お・し」になってしまいました。

今回のとらや当代のあいさつ文には、ほんとうの「日本のおもてなし」の心をみた気がします。

昨今はネットではブラック起業批判等々、「炎上」や「暴露」によって、評判が落ち、業績もガタガタになってしまう時代です。
とらやの内実まではわかりませんが、どの企業も顧客と社会に向き合い、良い意味でネットで人々の話題となりたいものですね。

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