【不動産ダイジェスト】

魚たちの親子の情愛について

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不動産流通ジャーナル/96年8月1日号

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 少年の頃、秩父地方の山里に住んでいた私にとって、“魚とり”は毎日の楽しみであった。魚とりだけは、同じ村の少年たちに比べて長けていたのだ。
 ところが最近、当時の私自身をA少年と呼ぶとするならば、A少年は魚とりの手法に関して、非常に冷酷であったのだという事に気付いてあ然としている。

 事の顛末は次のようなものだ。
 魚の家族というのは、A少年が住んでいた埼玉県比企郡都幾川村でも、当然ながら夫婦と子供という関係の中で棲んでいる。
 A少年が魚とりの名人であったのは、そうした魚たちの“きずな”というものを、無自覚のうちに利用していたからなのだ。
 つまり、こういう事だ。その村では“のぞき”と呼んでいた水中メガネで、魚の棲んでいる“うろ”と呼ばれる岩穴を覗くと、たいていは大きなお父さん魚と少し小さなお母さん魚、それに子供たちと思われる稚魚──が一緒にいた。
 A少年は、“やす”で大きな魚を突くと、魚たちが全部逃げてしまう事に気がついた。そして、一番小さな魚を突くと他の2匹はともに戻ってくるのである。「子を思う、故に親あり」というのは、実は魚の世界でも人間界と全く変わらないことだったのだ。

 繰り返しになるが、A少年はそうした事実を早くから見抜き、だからこそ魚とりの名手だったのである。彼は残酷な事に、子供を思う親の愛をうまく利用して、たくさんの魚を捕まえていたのだ
 長い間家庭を営み、家長という立場にある49歳の私にとっては、これは少々つらく思える過去だ。いま思えば、本当はみんな逃がしてやるべき魚だったのではないだろうか。
 夏に入る前に、鮎などを「美味い、美味い」と言いながら食していた酒飲みが、このような事を書くのは少し滑稽なのかもしれない。
 しかし、今頃になって“魚たちの生態”について真実を知ったのは、インターネットであるホームページを見てしまったからなのである。


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